Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


バカになれる人なのか

ボクの脳内話題のひとつ

「変わった子について」




学生から20代前半の頃、
ちょっと変わった性格はモテる要素のひとつだった。




「ちょっと変わっている」という感じがマイノリティで、

ただ漠然としたマイノリティに可能性を感じていたんだと思うよ。


そういった行動をするのはとても簡単なことだった。


何も考えずに世間一般と選択をずらせばいいだけ。




その行動によって、他人に想像される可能性のことなんか考えない。

そもそも、その後のことを考えないことが多い。



本人が必死に考えたあげく、「変わってる人」と判断されるのも同じ。



そのなかで、歳を重ねるごとに増やさなくては命取りになることがひとつあるんだよね。




それは

自分がそうやって行動している理由

自分自身でも理解していないといけないし、

ある程度、他人に説明もできないとダメになってくる。




20代後半を過ぎると、

同じバカな行動でも、

こいつは「バカになれる人なのか」

それとも「ただのバカな人なのか」

判断される。


後者になるとサイアクですね。


現代用語だと…

「KY」「不思議ちゃん」「地球外生命体」「DQN」とか言われる。






どんな物事でもレベルアップのための障害のようなものがいくつもあって、

ぶっ壊せる障害は、その物事に対する技術力アップのような壁で、

自分が変わらないと進めなくなる障害は、

すべてに通用するレベルアップの壁だと思う。




なにをするにしても自己確立しないと

「ただのバカ」のままなんだよね。



あー気をつけないとなぁ。

スポンサーサイト

そんなのいやだっ!

今週はお腹がはっていました。

なんでだろ?


お腹がぱんぱんでした。


ウンコは、毎日快便です。




低気圧のせいなのかな?

腸が膨らんでいるのかな?

そんな感じがしたんだよ。


ただのデブなのかな?

そんなのいやだっ!

そんなのいやだよ!

なんでボクはこんなことで強がってるんだろう?

自分作りをしています。


J-waveの別所哲也的に言うと、

毎日をデザインしていますw




自分を作ること。


ボクが自分自身を作るコンセプトとして、

拒否とか否定をしないようにしている。


出来ることを積み重ねていくメリットは、

外から何か来たときに、

外から来たものに対して、

否定しなくなる。






これって大切なんだよね。


相手の気持ちを受け入れられない人間は、

少なからずモテモテにはなれない。



それでそれで

成長していくには

自分から離れたところからの裏付けが必要なんだよね。

それは他人の評価じゃなくてもいいんだ。


自己マンから切り離すための努力。






自分の固定観念を疑えばいいんだ。




なんでボクはこんなことで強がってるんだろう?

なんでボクはこんなこともできないんだろう?

なんで怒ってるんだろう?

なんで1日3食ゴハンを食べるんだろう?

なんで怒られるんだろう?

なんでこれで良いと思うんだろう?



たくさんある。



ムダに固めてしまった固定観念を崩して行く。




崩しても自分はなくならないからダイジョブ。



そこに表れる壁って

自己愛だと思うんだ。


自己愛の壁を壊しても、自分はなくならないんだ。



ボクはそうやって、

いつも崩し続けたいと思うんだよね。


成長できないじゃんw


純粋料理入門

「純粋料理入門」じゃなくて「純粋倫理入門」

ここ3日間くらい、暇があれば読んでるよ。


小説のなかで主人公が読んでいた本。




倫理ですよ倫理。

法律でも宗教でも感情でもないマニュアル。倫理。



読む視点を間違えると、

なにも吸収できなくなるようなことがたくさん書いてある。



例えば

感情を抑制すること。



音楽をやっていたり、なにかを作る仕事をしてる人にとって、

それを抑制して過ごしたら、アイデアの引出し一つひとつが、

とっても小さくなってしまう気がするんだよね。



だからこの本を読むときは、

高まりやすい感情を抑えるとき。

なにかを作り出すときより、社会で対応能力をつけるとき。

人に大人と判断されるようになるとき。



実際

いまのボクの欠けてる部分が浮き彫りになるような、

いろんなことが書いてある。

それを半分聞き入れるようにする。


なんで半分なの?って思う?



それは、

いくら人間関係の取り決めのなかでは

「感情は捨てろ」と言われても、

ボクはそこに楽しみを感じないから。



ボクは何をするにも、

楽しいと思う要素を残しておきたいからさ。



関わる人と一緒に楽しみたいし、

実際にそれを実現させている人たちをみて、

ボクは育ってきてるから。


だからそう思うんだよ。




ボクが思っているよりずっと少ない

詳しく調べたわけじゃないからあまり強くは言えないけれど、

仏教の教えのひとつで、「現世は虚像」というキーワードがある。




少し偏狭に捉えると、

世の中はみんな自分勝手で、個人の虚像がぶつかりあって世の中を作っているとも言える。

そして、自分の作った虚像がどれだけまともっぽく説明するかで、

それを「成功」と呼ぶこともできる。それも正解。





次に、ボクなりにポジティブに捉えると、

ボクが思い描いているのと同じように、他人もまた、いろいろなことを思い描いている。

他人の痛みなんてわからないし、ボクが他人にしてあげられることなんて、ボクが思っているよりずっと少ない。



当たり前のことかもしれないけれど、

お互いの妄想を、お互いが認識することだけが共有ではない。

すべてには通用しないけれど、

相手の妄想を受け入れることで共有することもできる。

ここででてくるのが「許す」ってことだね。



「許す(受け入れる)」ことができている人は、

虚像をポジティブに捉えることができる人。







んでんで、


さっき悪い意味で考えた虚像の成功例が資本主義だとすると、

いま、思いっきり崩れてるね。

金融なんて虚像以外の何者でもないからさ。


もちろんボクにも火の粉がふりかかるよ。

その大きな虚像のなかにいるからね。



人間関係のポジティブな虚像の考え方を書こうとしたのに、

いつのまにか虚像組織の崩壊の話になっちゃったよ。

あれれ?

おかしいな?


Extra

プロフィール

じゅんいち

  • Author:じゅんいち
  • じゅんいち。
    人生はおべんきょうだ。
    知らないことだらけだ。

最近の記事

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。